プロ棋士ペア碁選手権2020

プロ棋士ペア碁選手権2020

大会レポート 2020年2月8日(土)

<ペア碁30年、節目の年>

 2月8日(土)、プロ棋士ペア碁選手権2020が開幕した。天候にも恵まれ、会場の日本棋院東京本院(東京・市ヶ谷)の2階大ホールには早くから多くの観客が詰めかけた。

 午後1時に開会式がスタート。日本ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長が「今年はペア碁が誕生してちょうど30年。7月には『ペア碁ワールドカップ2020ジャパン』も計画している。節目の年に大いに力を発揮してほしい」と挨拶すると、審判長の大竹英雄名誉碁聖は「今日、来ていただいたお客さんは、これだけのトップ棋士たちの対局を間近に見られるのだから、何目強くなるかわからない」と語り、観客を沸かせた。

 この後、対戦チームごとに選手が紹介され、16組32人の棋士が次々と対局の席に着く。井山裕太三冠(棋聖、本因坊、天元)、芝野虎丸二冠(名人、王座)、羽根直樹碁聖、村川大介十段、藤沢里菜女流三冠(女流立葵杯、女流名人、扇興杯)、上野愛咲美女流二冠(女流本因坊、女流棋聖=当時)と男女のタイトルホルダーが全員顔をそろえるのは壮観。藤井秀哉七段、大西竜平五段、星合志保二段、金子真季二段の初出場組はやや緊張気味にも見える。

 大竹審判長が対局開始を宣言して1回戦が始まった。

<本命ペアに明暗>

 大会方式は例年通り。16ペアによるトーナメントで、この日にベスト4のペアが決まる。初手から1手30秒の秒読み。途中1分単位で計10回の考慮時間がある。打つ順番は、●女性→〇女性→●男性→〇男性(→●女性:以下同)。順番を間違えると3目のペナルティーが科せられる。

 対局開始と同時に1階ホールでは大盤解説会が始まった。昨年までは二十四世本因坊秀芳(石田芳夫九段)と小川誠子六段の息の合ったコンビがペア碁の「名物」ともなっていたが、開会式で大竹審判長が弔意を示したように昨年11月に小川六段が亡くなり、代わって今年は長島梢恵三段が聞き手に。ただ、石田九段と長島三段は過去に解説会でコンビを組んだ経験もあり、解説会の進行は全く問題なし。石田九段が1回戦8局についてテンポ良く解説していく。途中経過を大盤に並べながら瞬時に形勢判断する切れ味のよさは相変わらずだ。

 熱戦が続く中で比較的早く終わったのが金子二段・井山三冠ペアと吉田美香八段・大西五段ペアの一戦で、163手で黒番の吉田八段・大西五段ペアの中押し勝ち。解説会で長島が「初出場の金子二段は、ペアの相手が井山さんに決まってすごく緊張していた」と話していた通り、金子二段の手が伸びなかったようだ。「苦しめの展開の中で手を入れるべき箇所に回ることができず、的確に大石を取りに来られて、どうしようもなかった」と井山三冠。「井山さんが私の着手の前にいやらしい手ばかり打つ」と関西人同士の“らしい”ツッコミを入れていた吉田八段は、パートナーの大西五段をさかんに持ち上げていた。

 対局中、目立って人垣が多かったのが上野女流二冠・許家元八段ペアと謝依旻六段・張栩九段ペアの対局で、特に男性有力棋士を次々と破って竜星戦準優勝の快挙を成し遂げた上野女流二冠はファン注目の的。優勝候補同士の一戦は、1回戦屈指の好カードだ。期待に違わぬ熱戦は上野女流二冠・許八段ペアの2目半勝ち。ヨセ勝負にもつれ込む中、終盤に逆転があったようで「相手ペアのヨセがAI並みに完ぺきだった」と張九段が舌を巻いていた。この日、別のフロアで行われていた院生の対局で、張九段の長女である張心澄さんが勝ってプロ入りを決め、張九段も交えた記者会見も行われて、張九段は大忙し。ペア碁の方は残念な結果だったが、長女が好結果だっただけに表情はにこやかだった。

 ペアの組み合わせは抽選で決まったが、唯一、藤沢女流三冠・一力遼八段ペアは前年優勝ということでそのまま出場。それぞれ個人戦でも実績十分なうえに2年続きのペアで、息も合っているということで、今回も優勝候補の一角と見られていたが、1回戦で当たった知念かおり六段・本木克弥八段ペアに半目負けを喫してしまう。途中、黒番の藤沢女流三冠・一力八段ペアが左下で得をして、盤面10目くらいの形勢になった局面もあったようで、「終盤でも少しいいと思っていたが、そうでもなかった」と一力八段。「勝つチャンスはあったはずだが、ヨセで自分が少し緩い手を打ってしまった。気付いたときは遅かった」と藤沢女流三冠。レベルの高い戦いの中で、2年続けて勝つのは大変なようだ。

 このほか、加藤啓子六段・芝野二冠ペアも向井千瑛五段・小林覚九段ペアに中押し負け。芝野二冠は「なるべく(パートナーに)わかりやすく打とうと思ったが、そうもいかなかった」と語り、一方の加藤六段は「自分が弱くて(芝野の手が)理解できなかった」。ペア碁の難しさを実感したようだ。逆に勝った小林九段は「名人に勝てて良かった」と、うれしそうだった。

1回戦の結果は以下の通り(○が勝ち)。
勝ちペア 結果 負けペア
○知念かおり
・本木克弥ペア
白半目●藤沢里菜
・一力遼ペア
○星合志保
・河野臨ペア
白5目半●牛栄子
・山下敬吾ペア
○奥田あや
・村川大介ペア
白中押し●万波奈穂
・高尾紳路ペア
○向井千瑛
・小林覚ペア
黒中押し●加藤啓子
・芝野虎丸ペア
○鈴木歩
・余正麒ペア
黒中押し●青木喜久代
・藤井秀哉ペア
○上野愛咲美
・許家元ペア
黒2目半●謝依旻
・張栩ペア
○吉田美香
・大西竜平ペア
黒中押し●金子真季
・井山裕太ペア
○辰己茜
・羽根直樹ペア
黒中押し●吉原由香里
・黄翊祖ペア

<2回戦突破はすべて姉さんペア>

 午後4時からは2回戦。1回戦で敗れたペアが解説会に駆り出され、石田九段に代わって大盤解説をやらされるのが恒例行事で、この日も藤沢女流三冠・一力遼八段ペアのほか芝野二冠や万波奈穂四段らが自分の打った碁の反省や、2回戦の解説をしていた。

 1回戦で万波四段・高尾紳路九段ペアを破った奥田あや四段・村川大介十段ペアは、向井千瑛五段・小林覚九段ペアと対戦。187手で奥田四段・村川十段ペアの黒番中押し勝ちとなったが、終局後のインタビューで村川十段が衝撃のひとこと。「(白の)投了が敗着だったと思います」。投了時点でも大石の攻め合いに絡んで白から手があったようで、「手があるのはずっとわかっていたが、そこに手を戻して地合いで負けるのは嫌だった。そのうちに相手ペアが投了してくれた」と村川十段。終局直後にこの事実を指摘された小林九段は打ち上げの席で「そういうことは対局が終わる前に教えてくれないと――」と語り、笑いを誘っていた。

 吉田八段・大西五段ペアは、1回戦で吉原由香里六段・黄翊祖九段ペアを破った辰己茜三段・羽根直樹碁聖と対戦し、白番中押し勝ち。大西五段が「吉田八段は凛とした素晴らしい手ばかり打たれるので、形に対して読みが入りやすい」とパートナーを称えれば、一方の吉田八段も「大西五段は心が折れずに柔軟な手を打つ。私と組んでここまで勝ち進むなんて、大変な逸材」と、ここでも初出場のパートナーを大いに持ち上げていた。

 優勝候補の本命と見られていた上野女流二冠・許八段ペアが2回戦で対したのは、1回戦で青木喜久代八段・藤井秀哉七段ペアを破った鈴木歩七段・余正麒八段ペア。ちなみに上野女流二冠と鈴木七段は翌々日に女流棋聖のタイトルをかけた大一番を控えており、その前哨戦としても大いに注目された。(女流棋聖戦は挑戦者の鈴木七段が勝って、タイトル奪取に成功)

 結果は鈴木七段・余八段ペアの中押し勝ち。「ヨセ勝負だったが、終盤に相手にミスが出た」と鈴木七段。それを裏付けるように敗れた許八段も「ヨセで勝ちになったところで、ボクがミスをしてしまった」と語っていた。鈴木七段・余八段ペアは「お互い楽観派で棋風が合っていた」(鈴木七段)のも大きかったが、それ以上に二人でペア碁の本格的な練習対局をしたことがコンビネーションの良さにつながったようだ。鈴木七段の自宅で夫の林漢傑八段と張豊猷八段にペアを組んでもらい、対局したそうで、ペア碁にかける意気込みの違いがいい結果につながったともいえる。

 大熱戦となったのが、1回戦で牛栄子二段・山下敬吾九段ペアを破った星合志保二段・河野臨九段ペアと知念六段・本木八段ペアの一戦。終盤にコウ争いが発生したこともあり、手数は340手に及んだ。終局時刻は夕方6時40分。6時開始予定の閉会式が大きくずれ込んだほどだが、トッププロ4人の真剣勝負を間近に見られてファンは大喜びだった。結果は知念六段・本木八段ペアの白番1目半勝ち。本木八段の方から声をかけて練習対局をしたそうで、「本木八段が入段して以来のファンだった」という知念は大喜び。本木八段の方も「ペア碁3回目の出場で初めて勝てた」と嬉しそうだった。負けた河野九段は「ペアを組んだ星合二段はペア碁が初めてとは思えないような打ちぶりだったのに、(負けた2回戦では)私が敗因を作ってしまった。申し訳ない」と語っていた。

 勝ち残った4組はすべて女性が年上。閉会式で司会者から指摘があると、ファンの中には「姉さん女房の方がうまくいくのかな」といった声も聞かれた。

2回戦の結果は以下の通り(○が勝ち)。
勝ちペア 結果 負けペア
○知念かおり
・本木克弥ペア
白1目半●星合志保
・河野臨ペア
○奥田あや
・村川大介ペア
黒中押し●向井千瑛
・小林覚ペア
○鈴木歩
・余正麒ペア
黒中押し●上野愛咲美
・許家元ペア
○吉田美香
・大西竜平ペア
白中押し●辰己茜
・羽根直樹ペア
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