

東北の空の玄関口、仙台空港。2016年7月、国管理空港として全国で初めて民営化されてから、2026年で10周年を迎えました。東急グループをはじめとする民間事業者の運営のもと、1階国内線到着エリアの改修や「ピア棟」の増築、館内機能の拡充など、空港はこの10年で少しずつ姿を変えてきました。一方で、そこには今も仙台らしさ、東北らしさがしっかりと息づいています。そんな節目の年に、仙台出身の棋士・一力遼さんが空港を訪れました。帰ってくる場所であり、また世界へ向かう場所でもあるこの空港で、一力さんは何を感じたのでしょうか。 ( 2026年7月収録 )


館内の視察を終えた一力さんは、まず仙台空港について「仙台・東北と日本各地、さらには世界をつなぐ拠点になる場所」と語ってくださいました。新幹線とはまた違う意味を持つ移動の結節点であり、地域が外へひらかれていくための玄関口。そうした認識が、一力さんの中にははっきりとあるようでした。
実際、一力さんにとって仙台は、単なる “帰る場所” ではありません。10歳まで過ごした故郷である一方、現在も仕事や活動を通じてつながり続けている土地でもあります。その意味で仙台空港もまた、懐かしさだけで語れる存在ではなく、地域の現在と未来が交差する場所として映っているのだと思います。
「ちょうど仙台で暮らしていた頃に、仙台駅から空港までのアクセス線が通ったんです。そのアクセス線に乗って空港に来た記憶があります」そんな幼い頃の記憶に加え、近年の利用体験も印象深いものだったそうです。昨年、大阪での仕事の後に仙台へ向かう便で、たまたま楽天イーグルスの選手たちと同じ飛行機になったというエピソードも披露してくださいました。仙台空港は、一力さんにとって過去の記憶をたどるだけの場所ではなく、今も新たな印象を重ねていく場所であり続けています。

さらに一力さんは、仙台空港について「復興のシンボルというところにもつながっていくのではないか」とも話してくださいました。2011年の東日本大震災では津波で甚大な被害を受けながら、空港は約1か月で暫定運用を再開しました。そうした歩みの先に、民営化後の10年があります。今回、館内の展示や案内を通じて、その積み重ねをあらためて知る機会になったそうです。
2016年7月、仙台空港は国管理空港として全国初の民営化に踏み出しました。以降、利用者の利便性向上と受け入れ能力の拡大を目指し、2017年4月には1階国内線到着エリアを改修し、2018年10月には旅客搭乗施設「ピア棟」を増築しています。こうした取り組みは、空港を“移動の場”としてだけでなく、より快適で、より使いやすい場所へと進化させてきました。
一力さんも、今回の視察でその変化を強く感じたお一人でした。
「10年前に国内では初めて民営化された空港ということで、いろいろ手探りの部分もあったと思うんですけれども、その中で最初にご説明いただいた1階到着ロビーにある観光案内所の充実ですとか、ランナー向けのシャワールームなど、あまりほかの空港では聞いたことのない取り組みもあって、感銘を受けました」
観光案内機能の強化や、旅客以外の来館も意識した空間づくりは、東急グループが掲げてきた「地域に開かれた空港」という方向性とも重なります。視察中にも話題になったランナー向け設備について、一力さんは「シューズとウェアがあれば完結できる。画期的な取り組みだと思います」と率直な驚きを見せてくださいました。

そして、この10年の変化を象徴する施策のひとつが「ピア棟」の増築です。ピア棟は、延べ床面積5975.74平方メートルの鉄骨造2階建ての搭乗施設で、2017年9月に着工しました。それにより国内線の搭乗ゲート数は従来の6か所から10か所へと拡充されました。ピーク時の混雑緩和に加え、搭乗ゲート数を増やすことで利用者の利便性を高めるとともに、朝夕など発着便が集中する時間帯における受入能力が向上し、新規就航や増便にも対応しやすくなりました。
ピア棟の設計思想もまた、仙台空港らしい現実感のあるものでした。背景にあったのは、LCCの急成長、機材の小型化、多頻度運航といった航空市場の変化です。そこで仙台空港は、華美さを競うのではなく、「ローコスト構造・ローコスト運用」をコンセプトに、必要な機能を着実に積み上げる道を選びました。当時の岩井卓也社長は、利用者に過大な負担を求めることなく、「できるだけ質実剛健にやる」と語っています。必要なところにしっかり投資しながら、対価に見合ったサービスを届ける――その姿勢は、ピア棟という施設にもよく表れています。

こうした小さな改善の積み重ねは、数字にも表れています。仙台空港は昨年度(2025年度)、旅客数が過去最多の400万人を記録しました。民営化前の10年前は311万人で、そのうち国際線は16万人でしたが、昨年度の国際線旅客数は66万人まで伸びました。東北と世界を結ぶゲートウェイとして、この10年の歩みは確実に形になっています。
さらに2026年3月には、いったん中断していたターミナルビル2・3階のリニューアル工事も再開されました。旅客動線の見直しによる混雑緩和、商業エリアの拡充、搭乗待合室の拡張などを進め、2029年3月のグランドオープンを目指しています。仙台空港の進化は、これからも続いていきます。
進化を続ける一方で、仙台空港には変わらず残っているものもあります。今回の取材テーマでもあった「変わらない東北らしさ」について尋ねると、一力さんは館内に並ぶ名産品やレストランの存在を挙げてくださいました。

「以前と比べてどうかというのは、利用回数がそこまで多いわけではないので難しいんですけれども、東北らしさという点では、今の時期ですと七夕飾りがあったり、レストランでも東北や仙台ゆかりの食材を多く使っているお店があったり、そういったところに仙台らしさ、東北らしさを感じました」
空港は新しく整えられていても、そこに並ぶもの、味わえるもの、季節ごとのしつらえには、この土地らしさがにじみます。ずんだ、萩の月、牛たん、そして仙台空港ならではの限定商品。そうした“変わらないもの”が、訪れる人に地域の輪郭を伝えています。
一力さんご自身、東北らしさを「以前と比べてどうか」という尺度よりも、今そこにある自然な気配として受け取っているようでした。最新の設備や快適さの中に、土産や食、季節感といった地域の記憶がきちんと残っている。そのバランスこそが、仙台空港の魅力なのだと思います。
民営化10周年の装飾にも、そうした地域性への意識が込められています。10周年ロゴは、青を基調とした10層のグラデーションで10年の積み重ねを表現し、飛行機雲の6色は東北6県を象徴しているそうです。仙台空港が単独で完結するのではなく、東北全体とともに歩む存在であることを示す意匠です。

仙台という場所に触れることは、一力さんにとって単なるノスタルジーではありません。仕事とも深く結びつく土地であり、同時に、囲碁棋士としての原点を思い出す場所でもあります。
「10歳まで住んで暮らした土地ですので、やはり帰ってくると『戻ってきたな』という実感は湧いてきますし、初心に帰るという気持ちになることはあります」
今でも、かつてお世話になった先生方や、囲碁に取り組む子どもたちとの交流の機会があるそうです。「そういった方々と会うと、自分自身もパワーをもらえる」と話す一力さんにとって、仙台は過去を懐かしむ場所である以上に、今の自分を見つめ直し、次へ向かう力を得る場所なのだと思います。
その延長線上にあるのが、「ペア碁ワールドフェスティバル2026」です。日本代表として出場する一力さんは、大会への思いをこう語ってくださいました。
「ペア碁の大会には10年以上出場させてもらっていますけれども、やはり世界戦となると気合も入ります。今回は名古屋で、アジア大会関連のイベントということで、普段とは違った環境での対局になるのかなと感じています」
さらに、ペア碁そのものの魅力についても「1対1の勝負とは違った楽しさがあります」と話します。昨年、大阪・関西万博の地で行われた大会では海外からの参加者も多く、世界の中でペア碁が広がっている実感があったそうです。「そういったペア碁の魅力も、大会を通して発信していきたい」と語る言葉には、競技者としてだけでなく、文化の担い手としての視線も感じられました。

そして、世界というさらに大きな舞台については、静かながらも確かな意志をのぞかせます。
「2024年の応氏杯での優勝はひとつ大きな結果だったと思うんですけれども、それ以降、世界大会で優勝したいという気持ちが強くなっています。今年は年明けに大きいチャンスを逃した部分もあったので、またリベンジできるように、今後の世界戦をひとつずつ頑張っていきたいと思っています。チャンスがある限りは挑戦し続けていきたいです」
故郷の空港に立った一日が、次の挑戦への思いをよりくっきりと照らしたようでした。
インタビューの最後、一力さんは仙台空港の10年を「いろいろ試行錯誤をしながら、利用者にとって一番よい形を目指して、小さな改良を積み重ねてきた時間」と受け止めていました。そして、その積み重ねが旅客数の増加という結果にもつながっているのではないかと語ってくださいました。
「自分自身も、そういった新しい取り組みをしていって、いろんな小さな変化を積み重ねて、将来的に成果を出していければいいなと感じました」
空港の10年と、自らの歩みを重ね合わせるようなその言葉は、とても印象的でした。変化は一足飛びには生まれません。地域に根ざし、利用者に向き合い、必要な改善を積み重ねていくこと。その意味で、仙台空港が歩んできた“質実剛健”な10年と、一力遼さんが見つめるこれからの挑戦には、どこか通じるものがあるように思えます。
故郷の空港で見つめた、10年の積み重ね。その先に、一力さんはまた新たな一歩を刻んでいきます。
