プロ棋士ペア碁選手権2023

プロ棋士ペア碁選手権2023

大会レポート 2023年2月11日(土)・12日(日)

<14年ぶりの恵比寿>

滝裕子 日本ペア碁協会筆頭副理事長
大竹英雄名誉碁聖

 2月11日(土)、プロ棋士ペア碁選手権2023が開幕した。スター棋士のペア16組32人による競演だ。「お楽しみになってくださいませ」。開会式でそうファンに語りかけた滝裕子・日本ペア碁協会筆頭副理事長の表情が例年にも増して晴れやかに感じられたのは、この華やかなイベントが東京・恵比寿に戻ってきたことと無関係ではない。今大会は、商業施設やレストランなどのあるオシャレな空間「恵比寿ガーデンプレイス」の一角「恵比寿 ザ・ガーデンホール/ザ・ガーデンルーム」で開かれる。プロ棋士ペア碁選手権は、1994年に開業したばかりの恵比寿ガーデンプレイスで1995年1月に記念すべき第1回の決勝が打たれ、以来、恵比寿は長らく大会開催地として定着していた。前回この恵比寿で開かれたのは2009年のこと。思い出深い恵比寿に、イベントに適した広々とした会場に、じつに14年ぶりに帰ってきた。審判長の大竹英雄名誉碁聖は「ファンのみなさんはすばらしい時間を過ごすことになります。間違いなく“32目”は強くなるはず。選手32人のオーラみたいのものを盗んで帰っていただければ」と話した。

 日程は11日(土)と12日(日)の2日間。トーナメントによる選手権(1日目に1、2回戦、2日目に準決勝、決勝)だけでなく、1日目で負けたペア12組の24人は、2日目にパートナーをかえての「シャッフルペア碁対局」に出場する。大盤解説会の解説は趙治勲名誉名人(1日目のみ)と二十四世本因坊秀芳(=石田芳夫九段)、聞き手は吉原由香里六段。

<注目の対局は?>

 開会式では全選手が意気込みや出場の気持ちを語った。ファンの拍手がひときわ大きかったのが謝依旻七段と伊田篤史九段だった。

 謝七段は本木克弥八段と組んでの出場。プロ棋士ペア碁選手権には、優勝ペアが翌年も同じパートナーと組むルールがあり、今回は前回優勝の奥田あや四段・佐田篤史七段ペアが連覇に挑む。その1回戦の相手が偶然にも前回決勝で敗れた謝七段・本木八段ペアになった。「優勝しないと連続で組むことはできないのに、(抽選の結果)なんと今年も本木八段と一緒。ほんとにうれしい。同時に(抽選の結果)まさか1回戦で去年の決勝の相手と当たるなんて。リベンジ戦だと思ってる。頑張りたい」と謝七段。ふたつの偶然が大注目の対決を生んだ。

 伊田九段は向井千瑛六段とペアを組んだ。昨年の七大タイトル戦のうち最も記憶に新しいものといえば、関航太郎天元に伊田九段が挑戦した天元戦五番勝負(関天元が3勝2敗で防衛)だが、両雄がそれぞれ、星合志保三段と向井六段とペアを組み、ペア碁に舞台を移して再戦する。「久しぶりのペア碁で楽しもうかと思っていたが、1回戦の相手が関さん。昨年泣かされたので、きょうは向井さんの力を借りて1回戦だけは何が何でも勝つ」と伊田九段。

 初出場は安斎伸彰八段、田口美星二段、辻華二段の3人だった。

 対局は初手から1手30秒、各ペアに1分単位で計10回の考慮時間が与えられる。

<1回戦/リベンジならず>

奥田・佐田ペア - 謝・本木ペア
星合・関ペア - 向井・伊田ペア

 大注目の一戦となった奥田四段・佐田七段ペア-謝七段・本木八段ペアは、序盤にちょっとした事件があった。「ライブ中継・大会結果」ページから棋譜を再現して14手目の白の一手を見てほしい。謝七段が放ったこの左上のツケは、シチョウ関係が悪いときはあまりよくないとされている。34手目や36手目で左辺の黒一子をシチョウにカカえられないとおかしい。

 「ツケた瞬間に、あっ、右下に黒石がある! って気づいた。そこに黒石があるのは予想外というか予定外というか……」と謝七段。出遅れたあと接戦に持ち込んだが、「最後にかなり難しい勝負に持ち込める瞬間があった。僕がそれを見逃してしまった」と本木八段。結果は奥田四段・佐田七段ペアの黒番中押し勝ち。謝七段はリベンジできなかったのが相当悔しかったようで、「佐田くんは1人で打つより2人でのほうが強いみたい!」。

 星合三段・関天元ペア-向井六段・伊田九段ペアは、星合三段・関天元ペアの白番中押し勝ち。敗れた伊田九段は「最初はぜんぜん駄目だったけど、途中からすごい紛れてきた。形勢が7、8回ころころ変わっていたような碁だった」。向井六段は「すごい戦いの碁。なにがなんだかわからなくなった。悔しい」。対局前にリベンジ宣言をした2ペアともが敗れる結果になった。

 1回戦ではこのほか、佃亜紀子六段・孫喆七段ペア、矢代久美子六段・井山裕太三冠(本因坊、王座、碁聖)ペア、上野愛咲美女流立葵杯・許家元十段ペア、田口美星二段・羽根直樹九段ペア、加藤千笑二段・一力遼棋聖ペア、小西和子八段・村川大介九段ペアが敗退した。矢代六段・井山三冠ペアは9年前の優勝ペアでもあった。「今回もいけそうだなと思っていたが、後半に自分のもろさが出た」と矢代六段、「途中まで順調すぎたのがよくなかったかも。そこからいろいろ迷う展開で、逆に打つ手が難しくなった」と井山三冠。上野女流立葵杯と許十段は20代のタイトル保持者同士ということで活躍が期待されていた。本人たちも抽選でペアが決まったときに、喜びのあまり、「来たーと思った(笑)」「僕も来たーと思った(笑)」そうだが、初戦敗退に終わった。小西八段は同じ関西棋院の村川九段とペアを組んで敗れた。「関西棋院の男性とペアを組んで2回戦に進めなかったのは、6回目にしてこれが初めて。地味な記録が残念ながら途絶えた」。あとでこの発言を聞いた村川九段が苦笑いしたのは言うまでもない。

<2回戦/七大タイトル保持者が姿消す>

下坂・芝野ペア - 青木・大西ペア

 今大会にタイトル名を背負って出場したのは、一力遼棋聖、芝野虎丸名人、井山三冠(本因坊・王座・碁聖)、関天元、許十段、藤沢里菜女流二冠(女流本因坊・女流名人)、上野女流立葵杯、牛栄子扇興杯の8人。注目されて当然だが、次々と敗れ、七大タイトル保持者の男性5人は一力棋聖、井山三冠、許十段が1回戦で、芝野名人と関天元が2回戦で、全員が2日目に進めず姿を消した。

 下坂美織三段と組んだ芝野名人は「下坂さんとは初対面に近くて最初はどうなるか心配だった。1回戦をいい内容で勝てたときは相性は悪くないと思えた。あす(2日目)も一緒に頑張りたいと思っていたので残念」、関天元は「昔からよく知っている星合さんがパートナーだったので気楽に戦えた。でも申し訳なかった。僕が2択で迷って時間つなぎしたところがあった。読み切れなかったのが悔やまれる」。2回戦敗退の藤沢女流二冠は「(パートナーの安斎八段と)棋風はぜんぜん違うが、安斎先生の力強さを実感できた。1局目はいい感じだった。2局目はチャンスがあったかわからないが、最後ちょっと私も読み切れなくて……。でもすごく楽しく打てた」。

 12日(日)の準決勝に進んだのは、牛扇興杯・余正麒八段ペア、鈴木歩七段・山下敬吾九段ペア、辻二段・河野臨九段ペア、青木喜久代八段・大西竜平七段ペアだった。牛扇興杯がただ一人勝ち残ったタイトル者と書きたいところだが、余八段も関西棋院第一位のタイトルを保持する。2人は開会式でこう話していた。「8回目の出場で初めて年下の女性棋士と組む」(余八段)、「大会前に余先生からペア碁の練習のお誘いをいただいた」(牛扇興杯)。練習の甲斐あっての準決勝進出だった。

 なお、前回優勝の奥田四段・佐田七段も2回戦で敗退した。「今週はペア碁にかけて関西から上京した。木曜の名人戦リーグでは一力さんにAIの勝率99%から負け、きょう(土曜)はペア碁で連覇を逃した。東京が嫌いになりそう!」と佐田七段。奥田四段は「去年、今年と佐田くんと組ませてもらった。けっこう自由にさせてくれて(笑)、でも決めどころでは『ついてこい』って感じでリードしてくれる。すごく打ちやすかった。欲をいえばもうちょっと勝ち上がりたかったけど精いっぱい戦えた」。「2年間最高のペアと組ませていただき、誰よりもペア碁の魅力を感じられた」と佐田七段。

<過去の大会に思いをはせて……>

 14年ぶりの恵比寿開催ということもあって、過去の思い出や時の流れに言及する選手がたくさんいた。

・「14年前の記憶がよみがえってきて、若かった頃の自分を思い出してちょっとうれしい気持ち」(鈴木七段、開会式で)
・「初めて出場させてもらったのがこちらの恵比寿。緊張であっという間に終わってしまった記憶がある。いまは図太くなったのか、きのうは10時間以上も睡眠をとることができた。コンディションはバッチリ」(向井六段、開会式で)
・「恵比寿でのペア碁は、まだ出場資格がないくらい若いときに見学にきたことがある。(1歳上の)井山さんはもう出ていた。大会の規模が大きくてすごい。選手として参加できてうれしい」(村川九段、大会終了後の控室で)
・「恵比寿開催のときも何度か出場させていただいた。いつの間にやら男性棋士のなかで最年長(46歳)になってしまった。だいぶメンバーが変わった。間もなく30代が最年長の時代になるのでは」(羽根九段、大会終了後の控室で)
・「第1回に出場したときは10代だった。そろそろここにいることが申し訳ないという思いはあるが、まだ先輩たちが頑張っているので来年以降もチャンスがあったら」(矢代六段、関係者のみの懇親会で。今回、矢代六段より年上の女性が3人出場した)

<準決勝/鈴木・山下ペアと辻・河野ペアが決勝へ>

鈴木・山下ペア - 牛・余ペア
青木・大西ペア - 辻・河野ペア

 12日(日)、準決勝を前にした4ペア8人がそれぞれ決意を述べた。最初にマイクを手にした牛扇興杯・余八段ペアの2人はやや控えめに「頑張る」と発言。対戦する鈴木七段・山下九段ペアの鈴木七段は「きのう山下九段と打っていて絶大な安心感があった」と強調。山下九段は「1、2回戦とも僕が序盤から変な手を打って苦しくしたと思ったが、家に帰ってAIを見たら評価値はぜんぜん悪くなくて、そんなに悪い手は打ってなかったんだと自信になった。きょうもいけるんじゃないか」。

 辻二段・河野九段ペアの辻二段は初出場で準決勝まで勝ち進んできた。辻二段のここまでの打ちぶりを、前日の大盤解説会で石田九段が大絶賛。辻二段本人は「河野先生のおかげ」と謙遜していたが、河野九段も「こんなにすごいセンスあふれるひとが世の中にいたんだ」とほめちぎった。これに反応したのが対戦する青木八段・大西七段ペアの大西七段だった。「河野さんが辻さんのセンスを絶賛したが、私の、青木さんのセンスに対する信頼のほうが強い。青木さんが楽しく打てるように全力で」。青木八段は「また出場できただけでもびっくりで、2日目に残れてさらにびっくりです。1、2回戦は大西さんと息が合って楽しく打たせていただいた。きょうも楽しく、できるだけ多く打てることをめざして頑張る」。

 準決勝2局のうち先に決着したのは辻二段・河野九段ペア-青木八段・大西七段ペアの一戦だった。準決勝1図、青木八段が白1とハザマをついた場面は、石田九段が「慌てて出ていかなくてもと思っていた。楽しみにとっておくほうが」と指摘していたところだ。ここから加速度的に激しくなった。白は両側の黒の大石を攻め立てる方針だが、大激戦の末、逆に左辺の白の大石が取られる結末になった。黒中押し勝ち。

 「相手の石を取るぐらいの気持ちだったが、いつの間にか自分が取られてしまった。攻められるなんてぜんぜん思っていなかった」と青木八段。ただし大西七段は「白1とハザマをつくと思っていた。僕がほかにやることのない形にしてしまった」。これに青木八段が「白1とやるしかないですよね。息は合っていたんです(笑)」と返した。

 もう一局の鈴木七段・山下九段ペア-牛扇興杯・余八段ペアは、途中まで黒番の牛扇興杯・余八段ペアが順調に打ち進めていた。しかし準決勝2図、余八段が黒1と薄い二間トビを打ったあたりから流れを悪くしたようだ。牛扇興杯の黒3は黒1を継承するような頑張った手だが、白4のハネ出しから白ペースに変わった。黒は左辺の大石が不安定。下辺は白地になり、このあと白aに黒bと受けることもできずに形勢が傾いた。白5目半勝ち。

 「けっこう順調だっと思っていたが、途中、僕が悪い手を打ってしまった」と余八段。「そんなことない。余先生の読みについていけなくなってしまった」と牛扇興杯。「いやいや、今回一緒に打って、僕より読みがしっかりしているのが分かった」と余八段。「2勝できてすごくうれしい。最近、手合で勝てていないので、これで手合のほうの流れもよくかったら」と牛扇興杯。

準決勝1図
<準決勝1図>
準決勝2図
<準決勝2図>

<決勝/鈴木・山下ペアが逆転優勝>

 鈴木七段・山下九段ペア-辻華二段・河野臨九段ペアの決勝を対局者たちの感想を中心に振り返る。先番は鈴木七段・山下九段ペア。

<1図>

 序盤は右上と左上に同じ定石ができ、河野九段が白1と打ち込んだあたりから中盤に突入した。山下九段の黒4のハネは白5の切りを誘った工夫した打ち方だが、白13まで黒二子を取られ、▲にもかなりの悪影響が出た。「黒10と逃げたのが余計。単に黒12なら黒も戦えた」と鈴木七段。山下九段は「僕の黒4がまずい。ペア碁ということを考えれば普通に黒7とトブ一手だった」。

1図

<2図>

 黒1と押したのは山下九段。大盤解説会場では石田九段が黒1の前に黒3と白5を交換する想定図をつくっていた。その交換を打たなかったのを見た河野九段が白2と出てフリカワリへ進む。白は中央の黒三子を立ち枯れにし、右辺は白6とツケる。△三子を助けなかったのはこれで打てるという判断の表れだ。ただし山下九段の判断は少し違った。「△三子を取ったときの形勢判断もよくできていなくて、難しい(=好勝負)かと楽観的に考えていた」

2図

<3図>

 白1、3によって黒aと出られる嫌味をなくし、白5のオキから9とワタった打ち方を、河野九段の師匠である小林光一名誉棋聖が絶賛した。河野九段も「白9とワタれたときは、来たかと思った」と勝ちを意識。相手ペアのうち鈴木七段は「私も終わったと思った」そうだが、「でも、もし黒12で13にカケていたら、そんなに悪かったのかどうか。いや、でもたぶんみんながそれだけ黒が悪いって言うなら悪いのか。僕が分かってないだけか」と山下九段。

3図

<4図>

 「碁形としては私たち(=白番)のほうがすごく気分がいい。ただ先に地を稼がれているので攻めが緩むと……」と振り返った河野九段は白1のハネを後悔した。白aと厳しく追及する手があったようだ。白7のコスミは辻二段の着手。黒bに白cとハネ出して黒dと切らせれば白eが先手で決まって手厚い。「白7はちゃんと形勢が分かってる手」と石田九段。「序盤、河野先生のおかげで打ちやすくなった」と感じていた辻二段だが、「でもちょっと難しくて、中盤以降、(地を)数えたらそんなに良くないと思っていた」と決して楽観はしていなかった。山下九段の放った黒8のツケを石田九段は「あやしげな手」と評したが、「結果的に勝着になったかも」と鈴木七段。

4図

<5図>

 白1のハネ出しがある。石田九段の解説によると白5とハワずに7とツギ、黒5のオサエに手を抜いていれば、黒は得していないという。「河野さんが白5とハッたのでややこしくなった」と石田九段。△を取り込まれた実戦と違い、単に白7なら白a、黒b、白cで▲を切り離す余地がある。

5図

<6図>

 河野九段は「辻さんがすごく冴えた手を打つので、僕は辻さんの手を見たいと思ってしまった」と不思議な感想を残した。その気持ちがよく表れているのが白2。格上の河野九段が、初出場の辻二段がどんな手を打つのか見たくて手を渡したのだ。しかし辻二段も白4で河野九段に手を渡し、結局は河野九段がここからの方針を決めることになった。選んだ白6を見た石田九段が「かたい」とその堅実ぶりに驚く。穏やかな白10も河野九段の着手だが、石田九段は一路右の白13に打って黒を切断する打ち方を提案した。黒a、bのつらい二眼生きを強要する展開にでもなれば、白の勝ちは不動のものになっていた。

6図

<7図>

 白1は河野九段の錯覚か。白3、5の切断は先手になるが、黒6に石がきたことで白7をaに打っても、もはや白bは先手にならない。黒8を見て、辻二段・河野九段ペアが投了。白cは黒dと出られて、白三子取りと白四子取りを見合いにされる。

7図
辻・河野ペア - 鈴木・山下ペア

 「河野さんは土下座ですね。リーダー格として決めるべきところで決めてあげないと。この碁は河野さんに問題が多かった」と石田九段。ファンの待つ大盤解説会場に対局を終えた4人が姿を見せたあと、聞き手の吉原六段から「河野九段に若干問題があったという解説があったが」と問われた河野九段は、「若干ではなく100%僕に問題がある。辻さんのファンに申し訳ない」と謝った。「辻さんとは、これまで対局したことや研究会で一緒に勉強したこともなかった。今回初めてペア碁で一緒になってすごい楽しみにしていた。隣で打っていて(辻さんから)光る手ばかり飛んでくる。2日間、自分が強くなったような錯覚を持つことができた。いい体験ができた。すごくうれしいし、感謝している。決勝は気分がよくなりすぎて僕に緩い手が出てしまったのが敗因です」と河野九段。初出場で準優勝した辻二段は「足を引っ張ってしまったらと不安だったが、河野先生はやさしいし、碁も引っ張ってくれるので、失敗しても大丈夫だって、河野先生が助けてくれるっていう安心感があった。不安が消え、打ちたい手を試そうって気持ちになった。まさか決勝までこられるとは思ってなかった。河野先生のおかげ。感謝しかありません」。

 優勝は鈴木七段・山下九段ペア。我慢強く打って逆転勝ちした。「1回戦から決勝までの4局全部、布石で悪くしたと思っていた。そのなかでも決勝が一番失敗したと感じていて、負けを半分覚悟していた。最後まであきらめずに打ててよかった」と鈴木七段。「序盤から僕がやりすぎて失敗したと思った部分もあった。でも毎局、後半のほうから息が合ってくるのであまり心配していなかった。実際、後半はすごく息が合っていた。形勢を楽観的に考えていたのもよかったかもしれない」と山下九段。

 鈴木七段は決勝に8回出場して、これが2回目の優勝になる。「特技って言えるほどペア碁は得意技。でも、いままで1回しか優勝したことがなくて、なかなか恵まれないなとさみしい思いもしていた。今回、山下先生と一緒に優勝することができてとてもうれしい」と語った。初優勝は張栩九段と組んで出場した17年前のこと。どちらもパートナーは平成四天王だ。「四天王は永遠に偉大だなっていうのを肌で感じた。オーラというのか、安心感がすごい。若手の棋士にはない大人な安心感。それがすごく心の支えになった」。

 山下九段の口からは、少し前に母親を亡くしたことが報告された。「優勝というものが久しぶり。ここのところ精神的につらい部分もあったが、2日間、碁盤に向かったら集中できた。母も見守ってくれていたのではと思う。ほんとに優勝というものからすごく遠ざかっていた。このタイミングで優勝できたのは自分にとってすごくうれしいこと。今回は(鈴木)歩さんに助けていただいた部分がすごく大きいが、これをきっかけに今度はひとりでも勝てるよう頑張りたい」

<懇親会も盛り上がる>

 2日目は準決勝2局と決勝、そして1、2回戦で敗れた選手たちによる「シャッフルペア碁対局」12局の計15局の熱戦が繰り広げられ、ファンに囲まれながらの華やかなイベントが大盛況のうちに終了した。関係者による懇親会も大いに盛り上がり、選手たちは楽しく語り合った。

・「ペア碁は普段の対局の3倍くらい予想外の展開になる。それがとてもおもしろくて新鮮だった」(初出場の安斎八段)
・「すっごく緊張しましたけど楽しかった。パートナーの羽根先生がおやさしくて、いろいろ合わせてくださった。(敗退した1回戦は)苦しくて私の心は折れていたが、羽根先生が最後まで頑張ってくださった」(初出場の田口二段)
・「1回戦で負け、シャッフルペア碁対局も2連敗で今大会は3戦全敗。毎回ほんとにペア碁で勝てない。でも“ペア碁愛”は誰にも負けない自信がある。次回はもっと頑張りたい」(上野女流立葵杯)
・「1回戦では一力棋聖のペア、2回戦では芝野名人のペアに勝って大満足。1日目でお腹いっぱいになっちゃって2日目はちょっとうまくいかなかった」(青木八段)
・「トーナメントでは芝野名人と、シャッフルペア碁では一力棋聖と組んだ。クジ運は優勝。最高の思い出ができた」(下坂三段)
・「改めて私はすごい方と結婚させていただいたんだなと思う」(優勝した鈴木七段の夫、林漢傑八段)

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